すこやかマガジン第976号
子どもの声
みなさん、こんにちは。お盆も過ぎ、夕方には少しずつ秋の気配を感じる季節となりました。みなさんはどのような夏休みを過ごされたでしょうか。
私は、子どものころの夏休みにこんな思い出があります。親戚の家を訪ねた際、食卓にはおいしそうなごちそうが並んでいました。心の中では「食べたいな」と思っていたのですが、手を出すことができませんでした。
「遠慮したほうがよいのだろう」
「図々しい子どもだと思われるかもしれない」
そんな気持ちが先に立ち、本当の思いを言葉にできなかったのです。振り返ると、私は大人が望む「良い子」の振る舞いを瞬時に読み取っていたのだと思います。結局ほとんど食べないまま、不機嫌な顔で帰ってきたことを今でも覚えています。あれから長い年月が過ぎましたが、子どもたちと関わる中で、そのときの自分の気持ちを思い出すことがあります。
この夏も、県内外の子どもの居場所を訪問する機会がありました。訪問先で私が大切にしていることは、「子どもの声を聴くこと」です。
しかし、この「子どもの声を聴くこと」は、想像以上に難しいものだと感じます。それは、子どもが大人の望む答えを瞬時に察する力をもっているからです。そして大人もまた、自分にとって聞きたい声だけを拾ってしまうことがあります。子どもの声を聴いているつもりで、実は「大人の聞きたい声」を聞いてしまっている。そんな矛盾を感じるようになりました。
「子どもの声を聴く」とはどういうことなんだろう…。そんなことを考えていたとき、早稲田大学名誉教授で、日本子どもを守る会会長である増山均(ましやまひとし)氏の著書に出会いました。増山氏は、次のように述べています。
「子どもたちの思いや願い、不満や希望は、必ずしも言語化されないことのほうが多いのです」
言葉を話すことができない赤ちゃんにも、確かに意思があります。恥ずかしがり屋で授業中に挙手できない子どもにも、考えていることがあります。そのことを改めて考えさせられました。子どもの声は、言葉として表れるものだけではないということ、沈黙、ためらい、視線の揺れ、表情の変化。増山氏は、このような「声なきこえ」を聴くことの大切さを説いています。私はその考えに深く共感しました。
子どもの声を聴くということは、言葉を多く聞き出すことではないのかもしれません。沈黙や言葉の端々、表情などから「この子は、今どんなことを感じているのだろう」と想像することが大切なのではないでしょうか。
そろそろ2学期です。ぜひ、お子さんの話す言葉だけでなく、その表情やしぐさにも少し目を向けてみてはいかがでしょうか。子どもたちが「わかってもらえた」「気にかけてもらえているんだ」と感じられる時間が増えること、そうした積み重ねが子どもたちの「居場所」につながっていくのではないでしょうか。
※参考文献
「学童保育を哲学する 子どもに必要な生活・遊び・権利保障」増山均 著,2022年,自治体研究社
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